『ママとロンちゃん』ーマンボウやしろ#6[ゴルの魅力VSラブの引力!]
大のラブラドールレトリーバー好きとして知られる、マンボウやしろさん。そんなマンボウやしろさんに、ラブラドールの魅力と思い出を存分につづっていただく連載。
マンボウやしろさんが学生時代ともに過ごしたラブラドールレトリーバーのロン。#6は、そんなロンとお母さんのちょっと不思議なエピソード。
ロンはわんぱくなオス犬
僕の実家はお寿司屋の店と住まいが同じ建物内にありました。
要するにお店と家が一緒。いつでも人が出入りしている賑やかな空間でした。
店の入り口と家の入り口は別々ですが、家側の玄関の近くにラブラドールレトリーバーのイエロー「ロン」は繋がれておりました。
繋がれているか、父の趣味の植木鉢が沢山置いてある柵に囲まれた空間でウロウロしているか、家のリビングに上がって暴れているかの3択。
そういう環境でしたから、ロンは決して大人しく育たず、わんぱくなオス犬として成長していきました。
ロン、人生の第2シーズンはじまり

Parilov/shutterstock
町の区画整理か何かで家と店が解体されることになり、我が家は引っ越し、店と家はバラバラに。
そこからロンにとっての人生の第2シーズンの始まりです。
田舎でしたから、わりと中庭が広い家に引っ越し、コンクリートの塀に囲まれた中庭空間は完全なるロンのテリトリーとなりました。
庭でウロウロしたり走ったり休んだりと自由に過ごすか、家の中で過ごすかの2択になったロン。
今までのように店のお客さんや従業員の人はいませんし、昼間は父もいませんから、基本的には専業主婦をしていた僕の母と毎日を過ごすようになりました。
犬との主従関係

Parilov/shutterstock
犬を飼っている家庭ではかなりの“あるある”だと思いますが、犬と家長である家主の関係は絶対で、主従関係が出来上がってますし、いつでも犬は家主と遊びたがり、どんな時も家主の顔色を伺います。
家族で1番下だった僕はロンに完全に下に見られていましたが、ロンと母は横並びのような、年の近い兄弟のような姉妹のような、時に親友なようで何かを奪い合うライバルなようで、なんとも不思議な関係性に見えました。
多くの人が行き来する空間で育ったロンは人懐っこかったのですが、何故か水産高校の制服を着た学生にだけ敵意を向けていました。
他の制服の学生には無反応か尻尾を振って愛想を振りまいていたのに。
母いわく、水産高校の数人の学生にひどくカラかわれたのがトラウマになっている、とのこと。そして、母はロンが大好き。
僕が違う高校で良かった…。僕の友達が部活帰りなんかに制服で遊びに来ても大丈夫でしたから。
大丈夫どころか、新春期の頃のロンは、僕の友人の足に自分の前足をかけて必死に腰を振っていたほど(笑)。
部活をしているガタイの良い友達でも、ハードな海の散歩で異様な筋肉を手に入れたロンをはがすことができず、全員ロンの餌食になっておりました。
嫌がる人の叫び声と、それを周りで見ている人の笑い声が溶け合う、とてもとても平和な夕暮れ。
そんな時母は、ロンを怒りながらも少し笑っていたのを覚えています。
嫌がる友達からしたら平和ではないのか(笑)。今更ながらごめん。
衝撃のシーン

Parilov/shutterstock
僕が部活から自転車で帰宅をして、古い鉄格子の門をガラガラ開けていると、いつもロンが中庭のどこかからチョッカイ出しにやってきてくれます。
黒い学生服だったので、制服でロンにからまられるとイエローの毛だらけになるので逃げるように家に入っていました。
ある日、帰ってきて門を開けてもロンが来てくれないので、家の中にいるのだと思いました。
そうして、家に“いるにはいる”のですが、僕は数十秒後に衝撃のシーンを目撃することになるのです。
門を閉めて、自転車を停めて、家のドアに手をかける。家の中からはテレビの音がして人の気配がする。
おそらく、母とロンが居間でゴロゴロしてるのだろう。
どうせ母は昭和の母代表のように、息子である僕の使わなくなった中学のジャージのズボンなんて履いているのだろう。
そんな日常的な気持ちで玄関で靴を脱いでいた僕の耳に、今まで聞いたことないような犬の鳴き声が聞こえてきたのです。
鳴き声という表現では弱すぎる。犬の叫び声といっても過言ではないその音は、文字にするには日本語が足りなすぎる。
「グィンワドゥキャギィイイーーー!!!!!」
僕はその聞いたことない犬の叫び声を聞いて、急いで居間に向かおうとしたが、一瞬怖くなってしまって部屋に入るのを躊躇した。
泥棒? なんかの犯罪? さっきのは本当にロンの鳴き声? 人の声?
とにかく尋常じゃない何かが起きている。
部屋に入って平気か? でも、今まさに母かロンがピンチかもしれない!?
居間に入らねば。怖くても僕は、長男として入らなければならない。
意を決して、居間へと続くドアをゆっくり開けて、静かに覗き込むと……
「グィンワドゥキャギィイイーーー!!」
またも先ほどの悲痛の混ざった雄叫びが!
僕は人生で初めて見るその光景を目の当たりにして、理解ができないがとっさに叫んでいた。
「お母さん何やってるんだよ!!!!!」
母がロンを噛んでいた。顔を噛んでいた。長く伸びた鼻のあたりを噛んでいた。
母は僕の方をゆっくり向き「おかえりなさい。ご飯は?」…。
「ご飯は? じゃないから! 何してるの?」僕は全く意味がわかっていないが、ロンも母も少しだけ気まずそうにしている。
1人と1頭にとって、いや2人にとって、いや2頭にとってはあまり見られたくないシチュエーションだったのかもしれない。
母の答え
母は息子の問いに答えた。
「どっちが上か教えたのよ」
ねえ、大ゲンカした? ロンがお母さんを噛もうとした? 何があったの?
ネットのない時代である。母はどこでそのシツケを覚えたのだろうか? っていうかそれは合ってるの? 虐待?
母がキッチンに向かうと、嬉しそうにロンが付いていった。
ねえ、仲良いの悪いの? 僕や父がいない時に、2人は何してるの? いつも何が起きてるの? どんな遊びをしてるの? どんな戦いをしてるの?
ご飯を作ってリビングに帰ってきた母。それを食べる僕。僕のエサを狙ってるロン。そのことで母に怒られるロン。ふてくされるロン。食べ続ける僕。お互いに寄りかかってテレビを見ている母とロン。
ねえ、犬って何? 家族だけど、不思議。変な生き物で、愛くるしい。
そうして犬は、人間の家族とは違う関係性をそれぞれの人間と作る。作ってくれる。だから楽しいのかも。
マンボウやしろ
元お笑い芸人。1997年よりお笑いコンビ「カリカ」として活動し、2011年に解散。その後ピン芸人を経て2016年に芸人を引退。現在はラジオパーソナリティ、演出家、脚本家、MCなど多方面で活躍中。
Twitter:https://twitter.com/manbouyashiro
メルマガ:マンボウやしろの『死ぬまで生きます』
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