【取材】難病のラブ太が教えてくれた新しい生き方-北原ようこ「ゴルの魅力VSラブの引力」
先天的な心臓異常をかかえた1頭のラブラドール・レトリーバーの保護犬との出会いが、北原ようこさんの価値観や子どもへの接し方を変えました。「看取りのために迎え入れを決意」した北原さんファミリーとラブ太と名づけられたラブラドールの、たくさんの実りがあった1年半を追いました。
心臓の難病を患うラブをどうする?
「毎日、『うちに来て本当に良かったね~。今日1日、よくがんばって生きたね』と、心臓疾患を持っているラブ太に伝えています。
実は、こうして声をかけている私自身が、すごくしあわせを感じているんですよ」
ラブ太くんと1年半を八ヶ岳で過ごしてきた北原ようこさんは、そう言って微笑みます。
ラブ太くんは、先天性心疾患である三尖弁形成異常を患っています。
これは、心臓の三尖弁が閉じずに血液が逆流する病気で、小型犬の老犬によく見られる僧帽弁閉鎖不全症と比較すると、まれな心疾患です。
病気を理由に譲渡先から手放され、動物病院に数ヵ月間いたラブラドール・レトリーバーの写真をようこさんが見たのは、2021年5月半ばのことでした。
「写真を見つめながら、すぐにでも引き取りたいと思いました。
ただ、すでに我が家にいる愛犬1頭が、義足でハンディキャップを持っています。
その子のことがようやく落ち着いた頃で、自分自身に『どうするの? 大変なんじゃないの? 無理をしたら逆にみんながアンハッピーになるかもしれないよ』と諭しつつ、迷いました。
最期を病院のケージで迎えるのではなく、家庭のぬくもりを少しでも感じてほしいし……。
と、グルグルと思いがめぐり、“頭”で考え続けて。
煮詰まってしまい、ついに自分の“心”に聞いたら、『助けたい!』という心の声に気づきました。
病気のある子でも家族として受け入れて愛して、看取るための保護を覚悟しようと。
その決断が出た瞬間、生後半年のクリーム色のラブラドールは、もう家族になっていたと感じます」
その後、ようこさんは夫との話し合いを重ね、「どんなことが起こっても受け入れよう」と、当時小学校5年生だった双子の子どもたちとも決めて、心臓病のラブラドールを迎え入れることにしました。
元気な姿でお出迎え
ようこさんが初めて写真を見てから3週間後、家族みんなで保護先の愛知県の動物病院へ。
「目が合ったラブ太は元気いっぱいにしっぽを振り、なんのためらいもない子犬らしい感じで、こちらへグイグイと迫って来ました。
『わぁ、会えたー!』と感激すると同時に、すごく元気で安心しましたね。
正直、ケージでうずくまっているような弱々しい姿を想像していたので」
こうして北原家の一員となったラブ太は、帰路途中の屋外で先住犬とも初対面。
「ラブ太は負けていなくて、先住犬を追いかけたりして。物おじせず、活発。
我が家でラブ太はやっていけると、確信を得ました。
そういう性格こそラブラドールらしさだと、のちに知りましたが、まさに!
自宅到着後もすぐにトイレができて、さすが名だたるワーキングドッグ犬種だと感心したのを思い出します」(ようこさん)
同居犬にも変化が!?
北原家の先住犬である、ミニチュア・シュナウザーの5歳のジジちゃん、プロット・ハウンドの推定8歳のポッドくんとの暮らしにも、ラブ太くんはすぐになじみました。
「ジジは、やんちゃなラブ太のしつけ役。おもしろいことに、自分より身体が小さいですがジジに、ラブ太は一切反抗しません。
多頭飼育だと、犬は犬から学ぶんですね。
私たち人間はなにも教えていませんが、ジジがラブ太にいろいろ教えてくれました」
おもちゃ大好きなラブ太くんが来てから、ポッドくんにも変化が訪れました。
「推定6歳で我が家に来たポッドは、おもちゃに興味を示したことはなかったんですが、ラブ太の楽しそうな様子をマネてそーっと噛んでみたりして(笑)。
なんと、急におもちゃの楽しさに目覚めたみたいなんですよ」とのこと。
北原家の3頭の結束力は、とても高いとか。
「誰かが来た気配を1頭が感じると、3頭そろってササっと窓のほうへ。
ところが、窓辺に行ったところでなにもなく、拍子抜けしたように顔を見合わせたりもするんですけどね(笑)」
3頭のうちで、ラブ太くんは言葉の理解力と従順さがズバ抜けているとも。
「『見てきて』と声をかけると、窓に駈け寄ったり、『お父さんは?』と聞くと階段を見上げて探す素振りをしたり……。
子どもの表情や声色をうかがう様子も、ラブ太が1歳を過ぎる頃から出てきました。
3頭の中で一番、じっと顔を見つめてきます。『待て』と言ってないのに、こちらの思いを汲んで待っていたり。
ラブ太は的確に、状況判断をしているとしか思えません。
ラブラドール・レトリーバーがセラピー犬に選ばれる理由を、目の当たりにして納得しています」
ようこさんはまた、分離不安気味でソワソワしていたラブ太くんの心身の成長を感じる時は、病気でも長生きしている事実を噛みしめる瞬間でもあると語ります。
看取る保護から、生かす保護へ
ようこさんはラブ太くんを迎える少し前に、交通事故に遭いました。
その時の恐怖がフラッシュバックして、不眠に陥っている時期もあったそうです。
「するとある夜、ラブ太が枕元に来てピタッとくっついて寝てくれたんです。
ラブ太を撫で続けていたら、安心して寝つけたんですよね。
人の気持ちを察知する能力を、ラブ太は持っているのではないでしょうか。
私はとても、うれしくて。助けてくれたラブ太に恩返しをしたいと思ったら、『ラブ太を、生かしてあげたい』と強く感じたんです。
最初は、穏やかに家庭のぬくもりの中で看取るための保護だったのに。
“看取りから、生かす”へと、心に変化が生じたんです」
ところが、三尖弁閉鎖不全症は、心臓手術を専門とする動物病院ですら前例のないハイリスクな手術だとわかってしまい……。
手術をした場合の術後の状態は未知数で、いちかばちかを掛けることになるでしょう。
「2ヵ月に一度の通院と毎日の投薬を続けながら、答えが出ないつらさを日々味わっています。
手術が成功すれば一時的には楽しい時間は増えるけれど、そのあとはわからない。
手術をするか、せずに命の道がたどり着ける地点までこのまま進むか……。
手術をしない場合、行動制限は続けなければなりません。
たとえば、散歩は30分以内で早歩きまでなど。
ラブ太は、庭に出すとすっとんで行ってはしゃいでいます。
ラブ太の願いは、なんなのでしょうか。
悩んだ私は、アニマルコミュニケーターに依頼して、ラブ太の思いをアニマルコミュニケーションで聞いていただきました。
その結果、手術はせずにこのまま自然にまかせ、今を楽しくいさせてあげる方向で現在は考えています。
とても元気でいる姿を見ながら、ラブ太の今を大事にして、今に焦点をあてて見て行こうと思っています」
ラブ太は家族みんなの“先生”
ようこさんは、1日1日が命の勝負のラブ太との暮らしで、自身の考え方にも変化が生じたと言います。
「子どもに以前は『きちんとしなさい』などと叱っていたのに、『楽しんできてね』という言葉をかけるようになりました。
ラブ太が教えてくれたんですよ、“今”を大切にすることのすばらしさを。
ラブ太は、私の先生なんです。
人からは学べないことを、ラブ太は私にも子どもたちにも、自らの生き方をとおして教えてくれています。
保護犬で身体的なハンデを持っている。
そんな1頭のラブラドールを、まずはまるごと受け入れるところから始まりました。
そして約1年半、たくさんのことを得ていると感じています。ラブ太に出会って本当によかったと、感謝せずにはいられません」
元日生まれのラブ太くんの2歳現在の体重は、約25㎏。
当初は20㎏まで成長しないだろうと伝えられていたそうですが、出会った日から2倍以上の体重になりました。
「よく、車で3頭を連れて山まで行くんですが、この間は車から下ろして散歩していたら、ラブ太が野ネズミかなにか小動物を食べてしまって。
ためらいもなく、モグモグして飲み込む姿を見て、目が点に。
ラブ太のワイルドな一面を発見して、びっくり!
こういう野性的な行動のをするのは、我が家ではラブ太のみですね。
あと、ラブ太だけ、たらいに入れた水を飲んだあと、そこに前足を入れてバシャバシャと引っ掻きまわして器をひっくり返します。
これは、水が好きなレトリーバーだからかな」
そう言って笑う北原家のみなさんは、心臓に負担がかからないように気をつけながら、海でラブ太に水遊びをさせてあげることも計画中だとか。
「“愛(ラブ)”にあふれて“太”く生きられるよう」にと願って付けられた名前のとおり、ラブ太くんが受ける“愛”も、ラブ太くんから注がれる“愛”も、北原家にあふれているのは間違いありません。
執筆者:臼井京音
ドッグライター・写真家として約20年間、世界の犬事情を取材。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の問題行動カウンセリングを学んだのち、家庭犬のしつけインストラクターや犬の幼稚園UrbanPaws(2017年閉園)の園長としても活動。犬専門誌をはじめ新聞連載や週刊誌などでの執筆多数。
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