2019年10月5日6,574 ビュー View

『犬(きみ)がいるから』のシーンを訪ねて ー特集「レト愛が止まらない!」村井理子

ウェブマガジン「空き地」で、黒ラブの子犬との日々を綴った連載エッセイ「犬(きみ)がいるから」が始まったのが、今年5月(当時2017年)。

以来、その噂は口づてで広まり今や月2回の連載を楽しみにしているファンも多いといいます。

その著者である村井理子さん&愛犬ハリーに会うべく、初冬の琵琶湖を訪れました。

かじられた跡もいつかはいい思い出になる……かも。

Family

村井理子

Ret

ハリー(1歳)

右奥に見えるデスクで仕事をしている村井さんを、いつもハリーはこのソファからじっと見守り続けている

 

レトリーバーの子犬を迎えること。

 

それは、まるで

ジェットコースターのような

日常が始まることを意味する。

 

その可愛さにメロメロになった直後に

イタズラにブチ切れ

自分自身の至らなさに落ち込んだ後

ちょっとしたしぐさに和まされたり——。

 

それまでの平穏な日常が一変。

 

毎日毎日翻弄され

必死で向き合い続けている日々。

 

けれどいつしかその速度は

少しずつ少しずつゆっくりになる。

 

そして、あるとき懐かしむようになるはず。

 

「ああ、あのころは楽しかったなあ……」と。

 

村井さん宅に刻まれた、ハリーの勲章。

ダイニングの椅子の脚はかじられ、プランターをのせたキャスターはもはや原型を留めていない。

フードストッカーのフタが開いているのを見るやいなや、前脚が浮くのもかまわず夢中で顔を突っ込む。 村井さんのストールを奪ってオモチャにする……。 でも、そのまだあどけなさの残る顔で見つめられたら、思わずすべてを許さずにはいられないのだ。

 

 

文=山賀沙耶

 

 

私の人生に初めてレトが加わったこの一年のこと 

 

ハリーがわが家の一員になって、そろそろ一年が経とうとしている。

 

やってきた当初は、まるでぬいぐるみのように愛らしかったハリーも、今や立派な大型犬に成長した。逞しく、力強く、そして、とっても甘えん坊のイケワンだ。

 

大きな体をしているくせに、私にぴったりとくっついて離れない。私がソファに座れば、なんとしてでも隣に座って、膝の上に大きな顔を乗せて甘えてくる。

 

本当にかわいいハリー。私の大切な犬だ。

 

それでも、この一年は苦労の連続だった。ハリーは、その愛らしい表情とは裏腹に、とんでもない破壊王なのだ。

 

一瞬の隙をついてありとあらゆるものを口にくわえ、猛スピードで家中を走りまわり、破壊する。

 

家具という家具に歯形がつき、靴は何足もビリビリに破られた。

 

ベランダの床板を噛んで大穴を開けたときは、あまりのパワーに唖然として、叱ることさえできなかった。

 

今となっては家中ボロボロの傷だらけ。レトリバーの破壊行動には笑うしかない。

 

でも、困っていたのはそれだけではない。

 

ハリーが子犬の頃、私を大いに悩ませていたのは、双子の息子たちに対する甘噛みだった。

 

本気で歯を立てることはなかったけれど、尖った乳歯で二人の両腕に引っかき傷をたくさん作った。

 

そんなハリーに二人はたっぷり泣かされた。

 

時には腹を立てた息子たちとハリーの間で大げんかが繰り広げられた。

 

あっち行け! と言われて、ションボリするハリーに心が痛んだし、子どもたちがハリーを避ける気持ちだって私には理解できたから、私にとっては頭の痛い状況だった。

 

幸運なことに、素晴らしいドッグトレーナーに巡り会い、ハリーは家族の一員としてのマナーを理解しはじめている。

 

そして子どもたちも、ハリーを力で制するのではなく、指示を出すことで互いに理解し合えると学んだ。

 

そして一番困っていたのは、ハリーの怪力についてだった。

 

今となってはハリーに申し訳ないと思うけれど、それでも正直なことを書けば、レトリーバーという選択が間違っていたのではと何度も考えた。

 

生後六カ月を過ぎたあたりからの、とんでもない成長スピードに、こちらの理解も、体力もついていくことができなかったのだ。

 

リードを思いっきり引っ張るハリーに振り回され、毎日の散歩は苦痛でしかなかった。

 

都会に比べて自由運動をさせやすい田舎の、それも湖の近くに住んでいたのは幸運だったと思う。

 

とにかく必死だった。泳がせている時にハーネスが外れてどこかに行ってしまい、真っ青になったこともある。

 

一瞬の隙を突いて玄関から飛び出し、ご近所さんが夏祭りを開いている会場にウハウハと走って行き、大騒ぎになったこともある。

 

強い力で引っ張り回され頭にきて、「どうにでもなれ!」と、リードを投げ出したことだってある……。

 

ハリー、頼むよ。お願いだから、私の言うことを少しは聞いて。

 

まっすぐ私を見つめる無邪気なハリーに、何度語りかけたことだろう。

 

毎日、祈るような気持ちでハリーと過ごしていた。イスを壊されては落ち込み、バッグに穴を開けられては怒った。

 

でも、何より、どうしたらハリーと家族が安全に暮らすことができるか、そればかりを考える日々だった。

 

あきらめかけたことだって、何度もある。

 

それでも、私の話をじっと聞くハリーの姿を見れば、努力次第で立派な犬に成長してくれることは明らかだった。

 

だから、ここであきらめちゃだめだと自分を奮い立たせた。

 

だって私が選んだ犬なのだから。こんなにも賢い、素晴らしい犬なのだから。

 

こう考えられるようになってから、私とハリー、一人と一頭の訓練がはじまった。

 

とにかく、前を向いて一緒に歩くのだ。私を引っ張らないように、何度も言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 

ハリーが一緒に歩くことを楽しめるように、私自身が散歩の時間を楽しむように心がけた。

 

決まった道を、気が遠くなるほど歩いた。

 

時には景色を眺めながら、登校していく小学生の列を見送りながら、雨の日も風の日も、休むことなく歩き続けた。

 

いつ頃からか、ハリーがリードを引っ張る回数が少なくなり、気がつけば散歩が何より楽しい日課となっていた。

 

毎朝、ハリーの散歩をすることで得られる達成感が心地よかった。大型犬と散歩することで、私は自分に自信を持つことができたのだ。

 

さて、心も体もすっかり成長した最近のハリーは、私や家族のことを心から慕ってくれているようだ。

 

家族には「違う!」と言われそうだけど、たぶんハリーは私のことが一番好きだ。

 

どこへ行くにもハリーは私の側を離れようとはしない。

 

うきうきとした表情で車の助手席に乗り込み、私につきあってくれる。まさに私のボディーガードだ。

 

ハリーは、わが家にとって、かけがえのない存在となった。

 

苦労も多かったけれど、今となってはそれもすべて笑い話だ(ただし、破壊活動だけは元気に継続中)。

 

ハリーの大きな顔を両手で包むと、ふわふわとやわらかくて、なんともいえない幸せな気持ちになる。

 

こんなにかわいい子が私の犬でいいのかな。

 

ピカピカの鼻や立派な口元が、なによりとても美しい。叱られて困った時の八の字眉毛も、楽しい時の笑顔も、全部、全部、大好きだ。

 

いつまでも私の側にいてほしい。私の大切なハリー。

 

 

Profile

村井理子

むらいりこ。1970 年、静岡県生まれ。翻訳家。訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)など。著書に『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)

 

ウェブマガジン「あき地」

http://www.akishobo.com/akichi/

亜紀書房が運営するウェブ連載媒体。子どものころに日が暮れるまで友達と遊んだ“あき地”のように、出入り自由で、開か

れた表現の場になることを願って作られた。「犬(きみ)がいるから」は月2回の更新

 

写真=葛原よしひろ イラスト=たけなみゆうこ 

 

 

※この記事は、雑誌『RETRIEVER vol.90(エイ出版)』からの転載です。一部加筆・修正をし、公開しています。

  • RETRIEVER Vol.90[雑誌]

    RETRIEVER Vol.90[雑誌]

    今回の90号特別企画「素晴らしきかな、レト人生」のテーマは、原点回帰。レトの飼い主たちの20年をさまざまな角度から振り返り、たくさんのレトの笑顔と、たくさんの飼い主の愛を、紹介しています!

    レトと家族それぞれにある幸せのカタチをとことん楽しめる完全保存版。

    さらに、今年も開催した年に一度のレト馬鹿たちの祭典『RETRIEVER MEET 2017』の開催レポートを掲載。参加者全員の記念写真を載せた『キミといつまでも・・・』も完全収録!

    出版社:エイ出版社 不定期刊誌版 (2017/12/14)

    販売サイトを見る

いいなと思ったらシェア

おすすめ記事

  • レトリーバー,Ta-Ta,タータ