2019年10月5日758 ビュー View

『犬(きみ)がいるから』のシーンを訪ねて ー特集「レト愛が止まらない!」村井理子

ウェブマガジン「空き地」で、黒ラブの子犬との日々を綴った連載エッセイ「犬(きみ)がいるから」が始まったのが、今年5月(当時2017年)。

以来、その噂は口づてで広まり今や月2回の連載を楽しみにしているファンも多いといいます。

その著者である村井理子さん&愛犬ハリーに会うべく、初冬の琵琶湖を訪れました。

かじられた跡もいつかはいい思い出になる……かも。

Family

村井理子

Ret

ハリー(1歳)

右奥に見えるデスクで仕事をしている村井さんを、いつもハリーはこのソファからじっと見守り続けている

 

レトリーバーの子犬を迎えること。

 

それは、まるで

ジェットコースターのような

日常が始まることを意味する。

 

その可愛さにメロメロになった直後に

イタズラにブチ切れ

自分自身の至らなさに落ち込んだ後

ちょっとしたしぐさに和まされたり——。

 

それまでの平穏な日常が一変。

 

毎日毎日翻弄され

必死で向き合い続けている日々。

 

けれどいつしかその速度は

少しずつ少しずつゆっくりになる。

 

そして、あるとき懐かしむようになるはず。

 

「ああ、あのころは楽しかったなあ……」と。

 

村井さん宅に刻まれた、ハリーの勲章。

ダイニングの椅子の脚はかじられ、プランターをのせたキャスターはもはや原型を留めていない。

フードストッカーのフタが開いているのを見るやいなや、前脚が浮くのもかまわず夢中で顔を突っ込む。 村井さんのストールを奪ってオモチャにする……。 でも、そのまだあどけなさの残る顔で見つめられたら、思わずすべてを許さずにはいられないのだ。

 

 

文=山賀沙耶

 

 

私の人生に初めてレトが加わったこの一年のこと 

 

ハリーがわが家の一員になって、そろそろ一年が経とうとしている。

 

やってきた当初は、まるでぬいぐるみのように愛らしかったハリーも、今や立派な大型犬に成長した。逞しく、力強く、そして、とっても甘えん坊のイケワンだ。

 

大きな体をしているくせに、私にぴったりとくっついて離れない。私がソファに座れば、なんとしてでも隣に座って、膝の上に大きな顔を乗せて甘えてくる。

 

本当にかわいいハリー。私の大切な犬だ。

 

それでも、この一年は苦労の連続だった。ハリーは、その愛らしい表情とは裏腹に、とんでもない破壊王なのだ。

 

一瞬の隙をついてありとあらゆるものを口にくわえ、猛スピードで家中を走りまわり、破壊する。

 

家具という家具に歯形がつき、靴は何足もビリビリに破られた。

 

ベランダの床板を噛んで大穴を開けたときは、あまりのパワーに唖然として、叱ることさえできなかった。

 

今となっては家中ボロボロの傷だらけ。レトリバーの破壊行動には笑うしかない。

 

でも、困っていたのはそれだけではない。

 

ハリーが子犬の頃、私を大いに悩ませていたのは、双子の息子たちに対する甘噛みだった。

 

本気で歯を立てることはなかったけれど、尖った乳歯で二人の両腕に引っかき傷をたくさん作った。

 

そんなハリーに二人はたっぷり泣かされた。

 

時には腹を立てた息子たちとハリーの間で大げんかが繰り広げられた。

 

あっち行け! と言われて、ションボリするハリーに心が痛んだし、子どもたちがハリーを避ける気持ちだって私には理解できたから、私にとっては頭の痛い状況だった。

 

幸運なことに、素晴らしいドッグトレーナーに巡り会い、ハリーは家族の一員としてのマナーを理解しはじめている。

 

そして子どもたちも、ハリーを力で制するのではなく、指示を出すことで互いに理解し合えると学んだ。

 

そして一番困っていたのは、ハリーの怪力についてだった。

 

今となってはハリーに申し訳ないと思うけれど、それでも正直なことを書けば、レトリーバーという選択が間違っていたのではと何度も考えた。

 

生後六カ月を過ぎたあたりからの、とんでもない成長スピードに、こちらの理解も、体力もついていくことができなかったのだ。

 

リードを思いっきり引っ張るハリーに振り回され、毎日の散歩は苦痛でしかなかった。

 

都会に比べて自由運動をさせやすい田舎の、それも湖の近くに住んでいたのは幸運だったと思う。

 

とにかく必死だった。泳がせている時にハーネスが外れてどこかに行ってしまい、真っ青になったこともある。

 

一瞬の隙を突いて玄関から飛び出し、ご近所さんが夏祭りを開いている会場にウハウハと走って行き、大騒ぎになったこともある。

 

強い力で引っ張り回され頭にきて、「どうにでもなれ!」と、リードを投げ出したことだってある……。

 

ハリー、頼むよ。お願いだから、私の言うことを少しは聞いて。

 

まっすぐ私を見つめる無邪気なハリーに、何度語りかけたことだろう。

 

毎日、祈るような気持ちでハリーと過ごしていた。イスを壊されては落ち込み、バッグに穴を開けられては怒った。

 

でも、何より、どうしたらハリーと家族が安全に暮らすことができるか、そればかりを考える日々だった。

 

あきらめかけたことだって、何度もある。

 

それでも、私の話をじっと聞くハリーの姿を見れば、努力次第で立派な犬に成長してくれることは明らかだった。

 

だから、ここであきらめちゃだめだと自分を奮い立たせた。

 

だって私が選んだ犬なのだから。こんなにも賢い、素晴らしい犬なのだから。

 

こう考えられるようになってから、私とハリー、一人と一頭の訓練がはじまった。

 

とにかく、前を向いて一緒に歩くのだ。私を引っ張らないように、何度も言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 

ハリーが一緒に歩くことを楽しめるように、私自身が散歩の時間を楽しむように心がけた。

 

決まった道を、気が遠くなるほど歩いた。

 

時には景色を眺めながら、登校していく小学生の列を見送りながら、雨の日も風の日も、休むことなく歩き続けた。

 

いつ頃からか、ハリーがリードを引っ張る回数が少なくなり、気がつけば散歩が何より楽しい日課となっていた。

 

毎朝、ハリーの散歩をすることで得られる達成感が心地よかった。大型犬と散歩することで、私は自分に自信を持つことができたのだ。

 

さて、心も体もすっかり成長した最近のハリーは、私や家族のことを心から慕ってくれているようだ。

 

家族には「違う!」と言われそうだけど、たぶんハリーは私のことが一番好きだ。

 

どこへ行くにもハリーは私の側を離れようとはしない。

 

うきうきとした表情で車の助手席に乗り込み、私につきあってくれる。まさに私のボディーガードだ。

 

ハリーは、わが家にとって、かけがえのない存在となった。

 

苦労も多かったけれど、今となってはそれもすべて笑い話だ(ただし、破壊活動だけは元気に継続中)。

 

ハリーの大きな顔を両手で包むと、ふわふわとやわらかくて、なんともいえない幸せな気持ちになる。

 

こんなにかわいい子が私の犬でいいのかな。

 

ピカピカの鼻や立派な口元が、なによりとても美しい。叱られて困った時の八の字眉毛も、楽しい時の笑顔も、全部、全部、大好きだ。

 

いつまでも私の側にいてほしい。私の大切なハリー。

 

 

Profile

村井理子

むらいりこ。1970 年、静岡県生まれ。翻訳家。訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)など。著書に『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)

 

ウェブマガジン「あき地」

http://www.akishobo.com/akichi/

亜紀書房が運営するウェブ連載媒体。子どものころに日が暮れるまで友達と遊んだ“あき地”のように、出入り自由で、開か

れた表現の場になることを願って作られた。「犬(きみ)がいるから」は月2回の更新

 

写真=葛原よしひろ イラスト=たけなみゆうこ 

 

 

※この記事は、雑誌『RETRIEVER vol.90(エイ出版)』からの転載です。一部加筆・修正をし、公開しています。

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