【取材】はまじぃ〜歩けなかった捨て犬黒ラブに起きた奇跡〜
兵庫県川西市にあるペットホテル・ペットシッター『はまじぃの家』は、売り上げを使って無料のデイサービス・世話のサポート・里親募集を行う社会貢献型の施設です。
動物保護施設に勤めていた代表・加賀爪啓子さんが、「捨てられる命を減らしたい」という思いで立ち上げました。
加賀爪さんが飼い続けることを支援する事業に行き着くきっかけになったのが、はまじぃという名の黒ラブ。今回はそんなはまじぃの物語をお届けします。
目次
雨の日の夜中、シニアの黒ラブが捨てられた
ペットホテル・ペットシッター『はまじぃの家』の名前の由来は、店長が浜田さんというおじいさんだから……ではなく、捨てられていたブラックのラブラドール・レトリーバーの名前からきています。
この“はまじぃ”は、代表を務める加賀爪啓子さんが保護後、新たにつけた名前。
「はまじぃ」や「はまちゃん」と呼んで愛した、この1頭の黒ラブとの出会いと別れを経て『はまじぃの家』ができるまでの物語を取材しました。
加賀爪さんが動物保護施設で相談窓口を担当していた10年前、「大きい犬が捨てられているので助けに来てください」という電話を受け、スタッフが保護して連れ帰ってきたのがはまじぃでした。
加賀爪さん「顔が白くてやせていたので、すでにおじいちゃん犬だなと思いました。見つけた人の話では、昨夜から雨の中でずっと吠え続けていたそうです。
老犬は迷子になることもありますが、黒ラブは足が悪く、まったく立てない状態。そんな子がひとりでは捨てられていた場所に来られないですよね。
首輪はつけていませんでしたが、“ずっと首輪を付けていたんだろうな”と想像できる首輪の跡がくっきり残っていました。犬を捨てる人の多くは、身元がバレないように首輪をはずすのです。
悲しくなって思わずなでようとしたら、ガブッと噛まれました。
黒ラブはフレンドリーというイメージをもっていたので、うかつに手を出して怖がらせてしまった私が悪かったのです。
人の手を怖がるその子を見て、つらい思いをしてきたんだろうと思いました」。
新しい名前は「はまちゃん」。飼い主に捨てられたショックを乗り越えて
保護した黒ラブは水も食事も口にすることなく、飼い主を呼んでいるかのように、ひたすら吠え続けました。
捨てられても、犬猫は飼い主のことを信頼しています。たとえ飼い主から愛されていなくても、良い飼われ方をしていなくても……。
加賀爪さん「捨てられたショックでそのまま亡くなってしまう犬猫を見てきたので、なんとか生きる希望を持ってもらいたいと願いました。
それで西宮市西宮浜に捨てられていたから『はまちゃん』と名づけて、毎日話しかけたんです。最初は目も合わせてくれませんでしたが……」
体を拭くとき噛まれないようにバスタオルで頭を包んだところ、はまじぃがしっぽを振って喜びました。それがきっかけで加賀爪さんと打ち解け、安心したのか噛むこともなくなりました。
加賀爪さん「これは私の想像ですが、飼い主と水遊びをしたあとにタオルで拭いてもらっていたのではないでしょうか。
それに私がしゃがむとすかさず寄って来て膝枕で甘えるんですよね。きっと飼い主にかわいがってもらっていた時期があったんだと思います。
はまちゃんはそういう切ない背景が垣間見える子でした」
「はまちゃんていう名前なんやで」と毎日のように言い聞かせたことも功を奏し、3週間目には「はまちゃん」と呼べば振り向くように!
そして歩けなかったはまじぃは、不自由な後ろ足を一生懸命に引きずって加賀爪さんに寄ってくるまでになったのです。
人の手を怖がる一方、熱烈な愛情表現も見せる
加賀爪さんは、はまじぃが噛むことと立てないことが捨てられた原因と推測しています。
当時の法律では、保健所に持ち込まれた犬は処分の対象になっていた可能性が高く、はまじぃにとっても加賀爪さんにとっても保護できたのは幸いでした。
加賀爪さん「もともとの性格は咬み犬ではないと思います。
はまちゃんの顔のあたりに手をあげるだけで目をぎゅっとつぶって怖がっていたので、飼い主による体罰や暴力が原因だったのではないでしょうか。スリッパも怖がりましたね」
はまじぃは下半身が細く、後ろ足には筋肉がついていない状態でした。
人間の暴力に抵抗するために咬むようになってからは、狭いケージにずっと入れっぱなしにされていたのかもしれません。
また、トイレシートを敷くとビリビリに破るので、トイレトレーニングで嫌な思い出があることもうかがえました。
加賀爪さん「私に気を許してくれてからは、目が合うだけで耳をキュッと下げて真ん丸の頭になってすごく喜んでくれました。
愛おしくてたまらなかったですね。3カ月経つころにはまるでストーカー(笑)。
私とはまちゃんの間に物があると『どけろー!』と吠えるように。1枚のメモ用紙でさえ『どけろー!』です(笑)」
大好きな人を追いかけているうち歩けるようになった
やがて加賀爪さんを追いかけたい一心で、はまじぃは不自由な足で歩き始めました。
加賀爪さん「低い段差をがんばって越えようとするけど毎回こけちゃう。それで『オレ、こけたんやー!』と吠えるんです。わざとかもしれませんね(笑)。
最初は3本足でしたが、そのうち4歩足でしっかり歩けるようになりました。
私を追いかけるのが良い運動になっていたようです。ジャンプもできるようになったんですよ」
保護から半年後には加賀爪さんを噛まなくなり、1年後には誰になでられても落ち着いていられるようになりました。
加賀爪さん「はまちゃんを毎日、家に連れ帰れないのがつらかったですね。私の愛犬が、ほかの犬が苦手だったので……。
せめて仕事中はずっと一緒にいようと思って、喜んでストーカーをされていました。
私が講師を担当していた小中学校で、命の大切さを伝える授業にも連れて行ったんですよ」
飼い主に捨てられたはまじぃが加賀爪さんに心を開くまでの話は、多くの生徒が保護犬や保護施設に関心をもつきっかけになりました。
保護施設で働くきっかけはペットロス
加賀爪さんが保護施設で働くようになったきっかけも、命の大切さに関わること。
会社員として働いていたとき、子どものころからずっと世話をしていた初めての愛犬が亡くなったのです。
加賀爪さん「自分と同じ悲しみを抱えている人をインターネットで探しているときに、初めて保護施設の存在を知ったんです。
まだ生きられる子たちが捨てられることに衝撃を受けて、“なんとかせなあかん”と。落ち込んでいる場合じゃないと思ったんです」。
保護施設に見学に行くと、当時の仕事を辞めて働くことを決意。もともと子どもの頃から多くの動物に囲まれて育ったことも理由の一つです。
「飼い主から相談を受ける受付を担当しましたが、正直に言ってすごくしんどい仕事でした。
動物を捨てたい飼い主からの相談内容は身勝手な理由ばかり。そこで飼い続けるためのアドバイスをしても、動物を捨てようと思った人が再び愛情を持つのは難しく、いつも悔しい、悲しい思いをしました…」。
保護施設では“命を捨てるお金”として動物の引き取り料金を定めていましたが、「有料なら保健所へ連れていく」と言う飼い主もいました。
命を捨てることに心を痛めるべきは飼い主ですが、それを保護施設に押しつける人もいたのです。
最後に膝枕で伝えた「ありがとう」の気持ち
加賀爪さん:「捨てられる動物を減らす方法を考えたかったのですが、毎日毎日、捨てられていく子を引き取らないといけない状況に目まぐるしく追われていて…。
未然に防ぐ方法を考えることに、力を入れることができませんでした。目の前の命を救うのが精一杯で余裕がない、人もお金も足りない状況だったんです」。
保護施設の運営は寄付金で成り立っています。動物たちの世話をするには常駐のスタッフが必要ですが、寄付金を人件費に使うことに良い顔をしない人も。
命を預かる責任に給料が発生するのは当然ですが、もし寄付金を動物に関する備品の購入に限定するなら、人件費を別の事業で確保する方法しかありません。
「どんな方法があるか」を考えながら保護施設で働く日々。気づけば、はまじぃとの出会いからもうすぐ3年が経とうとしていました。
そんなある日、はまじぃが再び立ち上がれなくなってしまったのです。すぐに動物病院で治療を受けましたが……。
加賀爪さん「出会ったときすでにおじいちゃん犬だったはまちゃんの年齢を考えると、元気を取り戻してほしいと願う反面、どうしても別れが近づいていることを意識してしまいました。
最後まで精一杯介護をするつもりで、はまちゃんを私の家に連れて帰ることに。
初めて家で一緒に過ごして、大好きな膝枕もして、最後にありがとうと伝えることもできました」
捨てられる動物を減らすための「飼い続けるサポート」
加賀爪さんもはまじぃもあきらめなかったからこそ、幸せな3年間を過ごせたのです。
縁があって迎えた動物と飼い主にもこの幸せを感じてほしいと願い、加賀爪さんは11年間勤めた保護施設を辞めて、最後まで飼い続けるサポートを行う事業を立ち上げました。
加賀爪さん「そこで今までの経験をいかして収益を上げられる社会貢献型ペットホテル・ペットシッターを始めることにしたんです。
ホテルとシッターの売り上げを使って、老犬のデイサービスと支援が必要な飼い主をサポートする役割・アニマルヘルプマンを無料にしました」。
ペットホテルと老犬のデイサービス、ペットシッターとアニマルヘルプマンの業務はそれぞれ同じなので、新たなスタッフを投入しなくて済みます。収益と非営利の部分を一緒にすることで人材を確保する新たなしくみです。
加賀爪さん:「無料にしないと動物や飼い主を助けられないからです。介護や世話をギリギリまでがんばるので、家族みんなが疲弊してしまいます。
動物に対する感情も変わって関係性も壊れます。私たちがちょっとでも助けられたら、最後まで動物に変わらない愛情を注いであげられるのではないかと思っています」
「絶対にあきらめたらあかん」と教えられた
加賀爪さん「はまちゃんには『絶対あきらめたらあかん』ということを教えてもらいました。
はまちゃんはたまたま私が出会って生きる希望をちょっとでも見つけて、がんばってくれたと思います。
はまちゃんみたいにみんなが希望を見つけて『最後まで幸せやったな』と思ってもらいたい。
そんな願いを込めて『はまじぃの家』と名づけました。もちろんはまちゃんもスタッフの一員です!」
保護施設の同僚だったイラストレーターtamasistersさんとコラボレーションしたチャリティーグッズにも、はまじぃがモデルとして登場しています。
「はまじぃの家」ネットショップ:https://hamajii.base.shop
動物に生きていく希望を与えるのも人間、失わせてしまうのも人間です。
「でも、私はあきらめません」と加賀爪さん。はまじぃのケースのように、あきらめなければ希望が湧いてくることを知っているからでしょう。
加賀爪さん「私は動物との暮らしは最期が大事だって思っているので、飼い主が飼い続けられるように支援しています。レトリーバー・ライフの読者のみなさんも、愛犬に対して最後まで変わらない愛情でいてほしいと願っています」。
『はまじぃの家』を利用することが、多くの動物を救う社会貢献につながります。捨てられていた黒ラブから始まった、希望をあきらめない物語。目の前にいるレトリーバーが愛おしくてたまらなくなりますね。
【施設DATA】
社会貢献型ペットホテル&ペットシッター「はまじぃの家」
兵庫県川西市向陽台1-6-39 センタービル1階
電話番号:072-744-2244
取材・文/金子志緒
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