【取材】豪州で得た知識を、訓練所廃業で迎えたラブ2頭にトレーナーとして活かす!―小川亜紀子「ゴルの魅力VSラブの引力」
犬の訓練所に勤務したのち、訓練所の閉鎖に伴って行き場を失ったラブラドール2頭を家族に迎え、オーストラリアで家庭犬の行動カウンセリングを学んだ小川亜紀子さん。今回は、小川さんと個性の異なるレトリーバーのストーリーを紹介します。
訓練所の閉鎖で行き場を失ったラブを引き取る
現在はペットドッグのインストラクターとして活動する、小川亜紀子さん。大学を卒業してすぐ、犬の訓練所に就職しました。
「小学生の頃から犬が大好きで、両親への最初の約束どおり、毎日欠かすことなく雑種の愛犬ムクの散歩に行っていました。その経験で、犬を扱うのは得意だと感じ、22歳で犬の世界に飛び込んだのです」と、小川さんは当時を振り返ります。
ところが、その訓練所が閉鎖されてしまい、小川さんは行き場を失った15頭の犬の保護活動を始めました。
「なんとか譲渡先を探しましたが、我が家で2頭のラブラドールレトリーバーを引き取ることにしたんです。1頭はチョコラブのガイで生後10ヵ月でした。もう1頭の黒ラブ・ダイナは当時2歳。両方とも男の子です」
実は、同居していた小川さんの母親はもともとは犬が苦手だったとか。それなのに大型犬2頭と室内で一緒に暮らすことになり、母親としては戸惑いも隠せなかったそうです。
「なので、相変わらず私が散歩を頑張りました(笑)。でも、その頃には愛犬が生き甲斐のひとつになっていた父も、よく自ら散歩に行くようになっていましたね。そのうち、母も2頭をとてもかわいがるようになりました」と、小川さんは言います。
愛犬2頭を両親に託して単身オーストラリアへ
訓練所に勤めていた時代、小川さんはそこでの犬のトレーニング方法がなじまなかったと語ります。
「指示に従わせるために体罰的なことを行う訓練士もいました。訓練士におびえた表情を見せる犬も少なくありませんでしたね。私としては、もっとソフトに犬たちと関わりながら信頼関係を結んでいきたいと思っていました」
訓練所を退所した小川さんは、犬に心身の負担をかけない方法でトレーニングを行うオーストラリアのインターン研修スクールを知り、現地で学びたいと思うようになったと言います。
そこで、両親に相談。
「小学生4年生の頃に、どうしても犬を飼いたいと説得したのと同じような熱意が伝わったのでしょう。両親も『大きな犬を2頭置いて行くのか……。しょうがないなぁ』と言いながらも認めてくれました」
こうして2001年、愛レトを両親に託し、小川さんは単身でオーストラリアに渡ったのです。
オーストラリアで学んだ、犬との良い関係
小川さんはオーストラリアで、師事するドッグビヘイビアリスト(家庭犬の行動カウンセラー)に同伴し、毎日2~4軒の家庭を訪問しました。そこで、いわゆる問題行動と呼ばれるような行動に対して、ドッグビヘイビアリストは飼い主さんに改善方法を指導するそうです。
「目からウロコでしたね(笑)。そうか、犬ではなくて人を指導する仕事なんだ! と。
トレーニング方法で私が驚いたのは、訓練所ではほとんど使用しなかったトリーツを、犬にどんどん与えることです。
たとえば、飛びつき癖のあるレトリーバーの行動を改善するレッスンでは、飼い主さんやお客さんに飛びつかずに座れたらトリーツをすぐにあげます。
ほかに、バイクや自転車の配達員に吠えてしまうレトリーバーやボーダー・コリーなどにも同様のアプローチをします。
バイクの登場を庭先で待ち、リードを短く持って犬を座らせておいて、バイクが目の前を通過する間に絶え間なくおやつを与えるのです。
これを何度も繰り返すうちに、飛びつきや吠えがおさまるんですよ」
小川さんにとって、犬に決して苦痛を味わわせることなく、飼い主さん自身の手で困った行動を改善できる方法が学べたのは大きな収穫だったそうです。
「オーストラリアは日本よりも土地を広々と使っているせいもありますが、訪れる家庭の犬たちは、自由にのびのびと暮らしていました。
すごく幸せそうな笑顔を見せる犬たちを見て、帰国したら、オーストラリアでの経験を活かして、ガイやダイナともさらに良好な関係を築いていこうと決心したのは言うまでもありません」
帰国後、さらに深まった愛レトとの絆
―罰や恐怖心で人に従わせるのではなく、犬をうれしい気持ちにさせ、飼い主さんも楽しみながら愛犬に望ましい行動がとれるように導いて教えていく―
そのトレーニング方法を学び、帰国後のドッグトレーナーとしての方向性が定まった小川さん。
久しぶりに会った愛レト2頭の熱烈歓迎を受けたあとは、以前にも増して犬の気持ちを大切にするようにもなったそうです。
「ダイナはおとなしく、ほとんど吠えません。ガイは少し神経質で、音に対して吠えることも多々。同じ犬種なのに性格が全然違う凸凹コンビです。
でも、2頭はとても仲良くて、よく庭で取っ組み合って遊んでいました。なので、オーストラリアで学んだ知識も活かしながら、ちょっとおもしろいコマンドを教えてみたんです。
それは、『ファイト!』の合図で取っ組み合いを始めさせるというもの。思いっきり遊んだあとは、満足気な表情で、お互いに寄り添ってぐっすり眠っていましたね。
その寝顔を見ると、私まで幸せな気分になったものです」
ダイナくんは、人にベタベタしない猫っぽい性格で、ガイくんは甘えん坊だったとも言います。
また、ダイナくんはどんくさくて、テーブルの上にあったケーキを狙ってテーブルに飛び乗ったものの、飼い主に見つかっても器用にすぐに下りられずに立ち尽くしていたこともあるとか。
それに対して、ガイくんは機敏なフィールド系といったところだったそうです。
「そんな個性を尊重して付き合っていたこともあり、家族と愛レト2頭との絆はどんどん深まっていきました」
はちゃめちゃテリアがやって来た!
そんな小川家に、保護犬のジャック・ラッセル・テリアのゼンくんが仲間入りしました。ダイナくんが9歳、ガイくんが7歳の頃のことです。
「ダイナは『なんだよ~、この激しい新入りは。ひとりにしてくれー』と言わんばかりにゼンから逃げ回っていましたね(笑)。
ガイはよき兄貴分で、よくゼンと取っ組み合って遊んでいましたが、途中でテリア気質全開になって唸りながら咬みつくゼンにタジタジで、耳から流血して悲鳴をあげたりもしていました」
小川さんは、テリア犬種と生活を始めて、あらためてラブの気立ての良さにも気づいたと言います。
「ラブならば、ちょっと注意すると『すみません』という表情を見せておとなしくなるのですが、テリアは『はー!? なにか悪いことしましたかね?』とでも伝えるかのごとく『ワンッ』と抗議してきます。レトリーバーは本当に、天性の従順さと穏やかさを持ち合わせているなぁ~と、感じずにはいられませんでした」
しみじみとそう語る小川さんは、ゼンくんにボールを投げても“レトリーブ”しないことにも衝撃を受けたとか。
「そもそもテリアには物を取って来る仕事は与えられていなかったので当たり前なのかもしれませんが、『そうか~、テリアにとって、ボールは仕留めた獲物のような存在で、破壊するためにあるのかぁ』と、驚いたのは事実です(笑)」
ダイナくんはリンパ腫により15歳で、ガイくんはメラノーマを患って14歳で旅立ち、2020年現在は13歳のゼンくんだけと暮らしている小川さん。
訓練所時代と、つい数年前までの約20年をレトリーバーとともに過ごした日々は、大きな財産だと語っていました。
執筆者:臼井京音
ドッグライター・写真家として約20年間、世界の犬事情を取材。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の問題行動カウンセリングを学んだのち、家庭犬のしつけインストラクターや犬の幼稚園UrbanPaws(2017年閉園)の園長としても活動。犬専門誌をはじめ新聞連載や週刊誌などでの執筆多数。
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