『散歩は命がけ』ーマンボウやしろ#4[ゴルの魅力VSラブの引力!]
大のラブラドールレトリーバー好きとして知られる、マンボウやしろさん。そんなマンボウやしろさんに、ラブラドールの魅力と思い出を存分につづっていただく連載。
#4は、自身が学生時代ともに過ごしたラブラドールレトリーバー「ロン」とのお散歩について。そうそう、ラブラドールってこういうところがあるんですよ。
ロンが腐ったカニを…。
1980年代後半、ひょんなことから千葉県の田舎の寿司屋で飼われることになる、ラブラドールレトリーバー(イエロー)のロンちゃんオス。
まだまだ犬種としての知名度も低く、田舎では野良犬がウロウロしていた雑な時代の話であります。
ある日、僕が中学の部活から帰ってくるとロンがグッタリとして寝たまま元気のない状態でした。
理由を聞いたところ、うちは海から数分のところにあったのですが、散歩で海岸に行きどうやら腐ったカニの死体を食べてしまったということ。
ロンの前に飼われていた犬は放し飼いでしたが、そんなことは一度もなかったので僕は驚いたことを記憶しています。
キミの鼻は、なんのためにある?
僕が思ったのは「何のための鼻なんだ?」ということ。
人間だって匂いで腐敗を嗅ぎ分けていた時代であり、犬は最も嗅覚に優れた存在だと思っていたので不思議でした。
そして数日後……僕がロンと散歩で海岸に行くと、ロンは隙をついてまた腐ったカニを喰ったのです。
親に注意するように言われていた僕は、急いでロンを砂浜で羽交い締めにして、口の中に手を突っ込んでカニを取ろうとしました。
ロンは必死に抵抗します。意味がわかりません。犬には学習能力が無いのか? いや、むしろ自然の中で生き抜くために人間よりも食べ物に対しての学習能力は高いはずである。
同じものを食べて具合が悪くならないように! その為のお前達の鼻ではないのか? お前にとっての腐ったカニは、人間にとっての牡蠣みたいなものなのか?
他の生き物からしたら、あたってもあたっても牡蠣を食べる人間の行動は理解できないだろう。
それと同じことなのか? ロン、お前にとって腐ったカニは禁断の旨味なのか?
そんな事を考えながら浜辺で筋肉質のラブラドールと思春期の少年はレスリングのような攻防を数分間、無観客で繰り広げておりました。
死闘の末なんとかカニを吐き出させ、僕はすでに息を切らしておりましたが、ロンは歩き出して次に向かっております。
切り替えの速さでは到底勝てないと思いました。
「ロン、そっちは…」初めて心が通じた気がした。
とにかくパワーも凄い犬でしたし、格闘で疲弊した僕は帰りたかったのですが、ロンはまだまだ元気なので散歩を続けることに。
桟橋があったので近くまで行ってロンの様子をうかがっていると、どうやら興味があるようなので2人で橋を進みました。
すると、橋に入った途端にロンの速度は遅くなったのです。
桟橋は浜辺から沖に向かって50メートルくらい突き出して行き止まり。さらに木の柱が横に等間隔で置かれている形状。
その幅は10センチくらいあいていて、下には海面が見えます。
僕の足のサイズは26センチ程度ですから軽く意識をしていれば問題ありませんが、犬の足のサイズからしたら10センチの感覚は致命的です。
慎重に1歩1歩歩くロンの速度に合わせて、僕もゆっくりゆっくり歩きました。
日頃から僕のいうことなど全く聞かないし、家族で1番年下の僕のことなど眼中にないロンでしたが、なんだか初めて心が通い合ったような気がして僕は嬉しかったです。
ロンの速度に合わせて移動してましたが、20メートルくらい進むとロンも木の間隔に慣れてきたのか普段のスピードで歩けるようになり、30メートルくらい行くと気分が乗ってきたのか、軽く足早に軽快に嬉しそうにぴょんぴょん進むようになりました。
僕も段々と嬉しさ楽しさが増して、夕暮れの海岸でシンクロした人間と犬は美しい景色に溶け込むようにしなやかに軽やかに桟橋を走っていました。
そして……
ロンは桟橋の先端に着いて立ち止まった僕の横で、何事もなかったようにそのままの速度で海に落ちました。
少しアホなのかもしれません。僕は想定外なトラブルすぎて混乱していましたが、今まで見たことないくらいロンの顔も驚いていました(笑)。
犬は表情豊かな動物だと思いますが、あんなにも絵に描いたような犬の焦った表情は初めてでした。
僕がもっていたリードのせいでロンが苦しそうにしていたものの、ロンは引っ張り上げられるような体重ではありません。
急いでリードを離すと、ロンはなんとか泳ぎながらも橋の先端から上がろうとします。
橋は少し高いので、僕は「ロン横から! 横から岸へ! ロン横に出ろ! 橋ぞいを泳げ!」と必死に、日本が理解できない犬に叫んでいました。
「こいつらうるせえな〜」という感じで釣り人が僕らを見ているのを覚えています。
先に岸についた僕は大声でロンを呼び続け、なんとかロンも頑張って泳いできて、僕はロンの命の生還を抱きとめようと両手を広げて構えましたが、岸に到着したロンはものすごい速さで僕の横を通り過ぎてどこかへ行こうとしました。
心なんて通っていないんだと痛感しました(笑)。
全速力で追いかけてラグビー並みのタックルでロンを倒し、またも少年と若い犬は浜辺でレスリング状態。
散歩から帰宅した僕は居間でぶっ倒れ、外ではロンがぶっ倒れていました。
倒れているロンを見た母親が「また腐ったカニ食べたの?」と聞くので「バカ犬が桟橋から落ちた」と答えると、呆れた顔をしていました。
あのロンが、へこんだ理由。
それからしばらくして部活から帰宅すると、またもロンがぶっ倒れていました。
基本の散歩がハード(連載の2回目参照)なのですが、その倒れ方とは違ったのでまたカニかと思って父に聞いたら、近所にいるロンの3倍くらいの大きさの秋田犬に喧嘩を売り1発でKOされたとのことでした。
怪我しているわけでも血が出ているわけでもないのですが、あまりの力量の差で負けたことがオス犬として精神的にショックだったのだと父は独自の見解を僕に述べました。
ロンはそこから数日元気なかったです。
ねえロンよ、犬の散歩ってそんなに毎回命がけじゃなきゃダメ?
マンボウやしろ
元お笑い芸人。1997年よりお笑いコンビ「カリカ」として活動し、2011年に解散。その後ピン芸人を経て2016年に芸人を引退。現在はラジオパーソナリティ、演出家、脚本家、MCなど多方面で活躍中。
Twitter:https://twitter.com/manbouyashiro
メルマガ:マンボウやしろの『死ぬまで生きます』
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