【取材】“グリーフケア”が運んでくれるハッピーエンディング。レトの心を置き去りにせず、元気なうちから『選択』する
愛するレトリーバーとのお別れ。ハッピーエンディングを迎えるために私たち飼い主はどんなことに気をつけ、どんな風に振る舞えば良いのでしょうか。ペットロスになってからではなく生前から始まるグリーフケアに注目が集まっています。動物医療グリーフケアの第一人者であり昨年「犬と私の交換日記」を出版された獣医師の阿部美奈子(あべみなこ)先生にお伺いしました。
目次
阿部美奈子先生と「グリーフ」との出会い
仕事におけるターニングポイント、阿部先生にとってのその一つが『子育てで獣医師の仕事から離れたこと』でした。
「自分自身が医療を離れたことによって飼い主さんたちから色々な話が聞けました。その中で現場では病気目線だったこと、正義正論だったことに気づいたのです」(阿部先生、以下「」内同)。
その後復職すると、待合室での飼い主さんや動物の表情が気になるように。
不安そうな人や緊張している人がたくさんいて、それでは動物もほっとできないと思ったそうです。
ペットロスに陥ってしまった飼い主さんのことも深く考えるようになりました。
「ペットロスってどういうことなの? どうしたら救う事ができるの?」そう思って勉強をしていた時に『グリーフ』という言葉に出会います。
「自分にとっての大事なものを失う、失うかもしれない、という時の悲しみの感情が“グリーフ”です。
人の医療現場で使われていた言葉ですが、私は獣医療としてのグリーフ、それをケアするためのグリーフケアを考えたいと思いました」。
ペットロスの前からグリーフは始まっている
「ペットロスのカウンセリングを始めるようになって、“治療が本当によかったのか” “これをすれば(しなければ)よかった” “したから(しなかった)からこうなった”というような感情がたくさんあることがわかりました」。
そのように治療に対するグリーフがペットロスを長期化させているということに阿部先生は気づき、目を向けることになります。
「亡くなってからではやり戻せないのです。だから生きているうちに始めなければと思いました。それが動物医療としてのグリーフケアの始まりです。グリーフケアは生きているうちにできることで、ペットロスを重症化させないためにも必要だと思ったのです」。
医療が進んだことによって助かる命は増えましたが、選択肢が増えすぎたことで飼い主は悩みが増えました。そして選択する責任も増えています。
「その分当事者であるペットの心が置き去りになっている事があるかもしれないと思うようにもなりました。ちゃんとその子のことを考えて選択できているかな、と」。
病気のことを告知されたら大抵の飼い主は頭の中が真っ白になってしまいます。
冷静になんて考えられない(グリーフの第一段階、衝撃期)のが当たり前。
「そんな中でも飼い主さんは治療法を選択しなければならないわけです。でもどんなに丁寧に説明をされても思考停止状態なので納得できる答えが出せるとは思えません。それでは後悔してしまう結果を招きかねないのです」。
動物にとって安全なテリトリーを確保してあげることの大切さ
愛犬が病気になった時、私たち人間は治療法やその後のことを考えてグリーフを感じます。
そして『これでいいの? よくならなかったらどうすればいいの?』と考えるうちに表情や行動、目つき、声、そういうものまで変わってしまうことがあります。
問題なのはその変化をいち早くわかる犬たちが不安になってしまうということ。
『何か悪いことした? 一体なんなの?』と。人間目線での感情移入は愛犬の不安や恐怖、緊張を高めてしまうのだそうです。
犬にもグリーフはある。この考え方を持つことは非常に重要だと思いました。
「人は頭で考えますが、犬は本能的に心で感じます。この子は本当にそれを望んでいるのか、その子のためになっているのか、感情移入ではなく共感することが大切なのです」。
休職中にお子さんの学校の講演会で知った『子供にとっての安全基地(ホーム)』という考え方もグリーフケアに生かされています。
「子供を育てるということと動物を育てるということは似ている部分があると思うのです。この“安全基地”という考え方は動物にも当てはまると思いました」。
愛レトがどう感じているかどうして欲しいと思っているか、それを理解して共感すること。
飼い主がグリーフを愛レトの前でできるだけ見せずに、愛レトにとって安全なテリトリー、つまり『安全基地』を守ること。
「人間目線で、薬を飲まさなきゃ! 点滴をしなきゃ! ご飯食べて! となると、安心して弱っていられなくなりますよね。病気になったらいつも以上に“大丈夫だよ、弱ってもここは安全なんだよ!”とその子の目から見た世界が安全であると思えるようにして欲しいのです」。
いつもの自分でいてあげること、日常をプレゼントすること、阿部先生からはそんな言葉もありました。
愛レトの望む日常をプレゼントする。それは飼い主にしかできないことです。ありったけの愛を込めてプレゼントしてあげたいですね。
身体は病気でも心は健康に!
「病気になった時にはグリーフケアだけでなくペインコントロールも大切になってきます。身体の部分を楽にする方法があるならば、痛みを取る事が大事なのです。痛みがなければいつものように日常を暮らそうとするのが動物ですから」。
人間と違い犬は病気のあれこれを考えません。唯一大切なのは『今、痛いか痛くないか』ということで、とてもシンプル。
検査数値だけに頼らない、ということについても教えていただきました。
「病気が主役になるとそういう目で見てしまいますが、本当に痛いか痛くないか、愛犬からのメッセージをきちんと受け取ってください。また、飼い主が感じる違和感も愛犬からメッセージを受け取っているということですから医療者に伝えましょう」。
では身体が痛くなければ犬たちはそれで幸せなのでしょうか。答えはNOです。
身体の痛みが緩和されたとしても人が心配していたら愛レトの心が痛むのです。
飼い主のグリーフは犬のグリーフ。
犬という動物は本当に私たちに寄り添って生きてくれているのだと思わずにはいられません。
身体が病気になってしまったとしても心は健康でいられるように。そうしてハッピーエンディングを迎えられたら最高ですね。
著書『犬と私の交換日記』で私たちが気付けること
阿部先生の著書『犬と私の交換日記』は書き込みをしていくタイプの本です。
先生が『自分の分身』とおっしゃるこの本は先生が16年間行ってきたカウンセリングによって蓄積されたさまざまなケースを元に、50の質問が1ページごとに書かれていて、その質問に対する答えを書いていくことによって愛犬のことをより深く知ることができる仕組みになっています。
書き込むだけでなく、グリーフケアにまつわるコラムやQ&Aなどもたくさん掲載されていて、読み応えも抜群!
それを読むだけでもとても勉強になります。
愛犬と気持ちを交換するということで「交換日記」というのも素敵な考え方だと思いました。
実際に書き込むための場所は大きく5つのチャプターに分けられています。その最初にあるのが『このコと私の出会いのストーリー』です。
愛犬が病気になった時、私たちは目の前の病気に囚われてしまいがちです。
『その子を見ているのではなく、病気のことばかり見てしまう。そんな時は出会った時のストーリーを思い出してみて欲しい』という気持ちが込められています。
「目の前にいるのは“病気ちゃん”じゃなくて、“○○ちゃん”なのです。その子と出会ったのは誰でもよかったのではなくその子が持っている何かが自分の何かと結びついた。そういうことです。頭ではなく心で、病気を離れて思い出してください」。
書くという行為は深く考えるということにも繋がっているので、50もの質問に答えていくうちに『うちの子』への理解と愛が深まるに違いありません。
『このコの好きと嫌い』というチャプターもあり、ここではその子の個性を知っておくことができます。
「病気になるとそういうこともわからなくなってしまう事があるので基準を持っておくのが良いと思っています。書いておけば忘れませんし、愛犬の身体が弱った時に好きなことはやる、嫌いなことはやらないと決めておけばその子にとって嫌なことをしなくて良いのでグリーフが起きません」。
これからの獣医療に必要なグリーフケア
グリーフケアは飼い主にも愛犬にもとても大切なものなでありながら、ケアを受けられる動物病院はまだ少ないのが現状です。
阿部先生は今後のことをどう考えていらっしゃるのでしょうか。
「始めた頃は“ペットロスのことでしょ? 動物病院でやること?”ということも言われましたが、今はグリーフケアに興味を持ち始めている病院も多くなりましたし、賛同してくれる人も増えました。広がり方には手応えも感じています」。
医療従事者向けに様々な勉強会やセミナーをされている阿部先生。そうやってどんどん輪が広がっていっているのです。
「グリーフケアが足りないことで最後が苦しすぎて辛さだけ残ってしまい、もう動物を飼いたくないという方がいらっしゃいます。そうすると飼い主だけでなく実は動物病院の医療者も心が折れてしまうのです。だからこそペットに関わる全ての人がこういった意識を持つことが必要だと考えています」。
病気のケアとグリーフケア、両方のケアを同じ病院でできるようになるといいなと心から思いました。
そして「犬と自分」だけでなく「医療者」「家族」「友達」といった周囲の人たち全部がグリーフケアという考えを持ってハッピーエンディングが迎えられるようにと願います。
*『犬と私の交換日記』販売サイト
プロフィール
阿部美奈子(あべみなこ)
マレーシア在住 獣医師 動物医療グリーフケアアドバイザー
麻布大学大学院修士課程修了。麻布大学付属病院研修医、動物病院勤務を経て、ペットロスカウンセラー、専門学校講師の経験も有する。子育てのため休職したが復職後は子育ての経験を活かし16年前、動物医療グリーフケアという新分野を構築。「ペットと人のハッピーライフを出会いからエンディングまで」を合言葉に、「待合室診療」というこれまでにない診療スタイルを発掘、グリーフケアを展開している。ペットロスカウンセリングも行うが、飼い主と共に連携し、ペットが生きている間に取り入れるグリーフケアの大切さを提唱。2019年5月、ペットライフのトータルコンサルタント会社「合同会社Always」を設立。それぞれのペットに対し「ペット主役」のオンリーワン医療の提供を目指す。
獣医師として、病気による痛みだけではなく心の痛みを重視し、両面からペットのストレスとなる痛みの緩和を目指す総合医療を行うほか、日本全国にグリーフケアの考え方を広めるため、講演・執筆活動などにも力を注ぐ。2010年よりマレーシアに住居を移した後は、現地で異文化からの学びを取り入れながら、日本とマレーシアを行き来する生活を毎月続けてきた。2020年コロナによりロックダウンした状況下ではマレーシアに滞在しながら執筆活動のほか、Zoomによる各種セミナーおよび遠隔カウンセリングに力を注いでいる。
プライベートでは3人娘の母、犬2頭、猫2匹と暮らす。
撮影・取材・文/Roco
Roco
『ヒトとイヌ』を永遠のテーマにしているフォトグラファー&ライター。
撮影・執筆の他、写真のレッスンも行う。
フォトグラファーになるきっかけを作ってくれた英国ゴールデンのRubyは15歳2か月で虹の橋へ。 現在の愛犬はトイプードルとオーストラリアン・ラブラドゥードル。
子供の頃からの夢は「ドリトル先生になること」
Facebook:Roco ~LoveLetters~ 写真と言う名のラブレター
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