【取材】介助犬への理解を広めたい。世界に挑戦するパラサーファーの思いとは。
サーフィン中の事故で頚椎粉砕骨折と言う重傷を負い、頸髄損傷によって肩から下が動かなくなってしまった藤原智貴(ふじわらともき)さん。死も覚悟しなければならなかったほどの状態から復活し、現在はパラサーファーとして活躍しています。傍らには介助犬のダイキチくん。出会いや暮らし、介助犬への思いについてお伺いしました。
※身体障害者補助犬(厚生労働省HPより)
身体障害者補助犬は、盲導犬、介助犬及び聴導犬のことです。身体障害者の自立と社会参加に資するものとして、身体障害者補助犬法に基づき訓練・認定された犬です。法に基づく表示をつけています。盲導犬は、視覚障害のある人が街なかを安全に歩けるようにサポートします。介助犬は、肢体不自由のある人の日常生活動作をサポートします。聴導犬は、聴覚障害のある人に生活の中の必要な音を知らせ、音源まで誘導します。
目次
リハビリ中に出会った介助犬から全てが始まった
根っからのスポーツマンで、子供の頃から柔道や卓球で高成績を残してきた藤原さん。
25歳の頃に出会ったサーフィンでもその才能が開花しプロを目指すほどに。
しかしそんな中で見舞われてしまった命を落としかねない大きな事故。
頸髄損傷が原因で動かなくなってしまった身体に向き合うことは、精神的にとても大変だったのではないでしょうか。
「そう思いますよね? 落ち込んだり自暴自棄になったりとか。でも塞ぎ込んでいた時期はないんです。妻に言わせると少しはあったらしいんですが記憶にはなくて。それよりどうしたら楽しくなるかと言うことしか考えていませんでした」。
この前向きな姿勢と強さはリハビリでも発揮されます。
「リハビリって大変というイメージだと思うんですが、僕にとってはなんて事ありませんでした。苦しくないし全然大したことない。高校の部活から比べたらぬるいくらいで、やり過ぎだと注意されたくらいです」。
介助犬の存在を知ったのはそのリハビリをしていた時のこと。
「1ヶ月に1度通っている医療リハビリセンターという国営の施設の横に、職業リハビリを行なう施設がありました。
売店は医療リハビリセンターの方にあったので、そこで職業リハビリに来ている方が犬を連れているのを見かけたんです。
でも犬が売店にいるってちょっと不思議ですよね。それで先生に聞いてみてそれが介助犬ということを知りました」。(藤原さん)
それは現在のパートナー、ダイキチくんと出会うための序章でした。
どうしたら介助犬ユーザーになれるのか?
藤原さんは事故の前からずっと犬が飼いたいと思っていたものの、動物と暮らしたことがない奥様の反対があって飼うことができずにいました。
「でも妻に介助犬の話をしたら“この犬なら飼えるかも”と賛成してもらえたんです」。
そうなると物事は動くもので、こんな出来事が起こります。
「“市民のひろばおかやま”という雑誌で『介助犬(を迎えたい人)募集』というのを見つけました。岡山県の助成金事業でした」。
そこですぐに区内の福祉事務所に行ったものの、全く話が通じないという現実にぶつかります。
「盲導犬ならわかるけれど介助犬がわからないんです。担当者なのにわからない。結果的にたらい回しです。だったら自分でなんとかしようと思いました」。
直接動くことを決め日本介助犬協会に連絡すると、そこからはとんとん拍子。
「一度話をしませんか」となり、住まいのある岡山県から施設のある愛知県に行くことになりました。
その結果、介助犬ユーザーとして登録することが出来たのです。
介助犬の仕事はオーダーメイド
介助犬は盲導犬・聴導犬と同様に国が制定している身体障害者補助犬です。
ただし視覚障害・聴覚障害よりも肢体不自由の場合は程度や箇所が多岐にわたるため、介助犬の仕事は一律と言うわけにはいきません。
協会に「どういうことをして欲しいか」を伝え、それが出来るようにそれぞれの介助犬が育てられます。つまり、オーダーメイドなのです。
藤原さんの場合は車椅子で移動が出来、胸から上は動かすことが出来るのですが、下半身や指が動かないため
・ものを拾ってもらう
・ものを持ってきてもらう
をメインにして、他には服を脱がす・鍵を開けるなどをお願いしました。
「マッチングの時のダイキチは2歳。最初の印象は“おっきいな(笑)!”でした(31キロ)。愛知で見た20頭くらいの子たちは小さめの子が多かったのでびっくりしたんです」。
そして次に思ったのは「おとなしい子だな~」ということ。
「トレーナーさんは“藤原さんにはおとなしい子じゃなくてアクティブな子”と言っていたのに、めちゃくちゃおとなしい子が来たんです。いつでもどこでもとにかくおとなしい。パピーの頃からおじいちゃんみたいだったそうです」。
ダイキチくんは介助犬になるべくしてなった子
「ラブラドールなのに、ダイキチのために用意した最初のおもちゃがいまだに綺麗なんですよ」。
2歳といえばとにかくやんちゃが止まらない、という頃。イタズラと破壊には泣かされた、というラブオーナーさんも少なくないはずです。
「訓練受けているからでしょ? って言われることが多いのですが、そうじゃないんです。介助犬のトレーニングは性格を捻じ曲げるような訓練ではなく、持って生まれたそのままの性格です」。
逆を言えばその子の性質がそうでなければ介助犬にはしない、ならない、ということになります。
「常に一緒にいるのでおとなしいだけでなく、音に鈍感、集中力がある、どこでも寝られる、そういう性質も大切です」。
また、ダイキチくんは運動欲求が低いそうで、歩くのは平気だけれど散歩に連れて行って欲しい、という要求もないそうです。
「ボール投げも3回までは走ってやりますが、その後は渋々です。介助犬協会のドッグランに行っても誰もいなければ走らずに草を食べ始めます。でも他の犬と遊ぶのは大好きで子犬の面倒見もいいんですよ」。
奥様と2人のお子さんの4人家族の藤原家。そこでもダイキチくんの性格、介助犬としての適正が見受けられます。
「ヤキモチとかそう言うことは一切ありません。ダイキチは誰も差別しない。常に平等です。介助犬になるために生まれてきた子だと思います」。
介助犬としての1日はほとんど普通の犬の1日
気になる介助犬としての生活ですが、家の中でダイキチくんはどのように過ごしているのでしょうか。
「ほとんど普通のペットとして暮らしている犬と変わらないと思います。朝散歩に行ってご飯を食べて、何もなければおとなしく寝ています。違うところと言えば、僕が困った時には助けてくれるという点でしょうか」。
困った時、というのは最初に藤原さんが協会にオーダーした通り、基本的には2つです。
・ものを落としたら拾ってくれる(音がしたら自分から来る)
その頻度は1日に多くて5回くらい、0の時もあるそうですが、そうなると退屈してしまうのでわざと落とす時もあるとか。
・取れないところにものがあったら取ってくれる
取れないところというのは、車椅子が入れないところ。TVやエアコンのリモコンを、子どもがソファの後ろに落としたりしている場合などはダイキチくんが取って渡してくれます。
「携帯は見えるところになくても探すように強化しています。これはとても大事な仕事です。僕に万が一のことがあっても携帯さえあれば何とかなるでしょうから」。
命を繋ぐ携帯。ダイキチくんはその携帯を探すのが一番好き。
「大切なものを見つけた!」という幸せそうな顔が藤原さんも可愛くてたまらないそうです。
藤原さんはダイキチくんを始めとした介助犬の遊びの時と仕事の時の表情は変わらない、ということを知って欲しいと考えています。
朝から晩まで働いている、というイメージを持つ人もいますが決してそうではないのです。
「介助犬のことを知ってもらうために学校などでデモンストレーションをすることがあるのですが、その時も嬉しそうな様子、尻尾をふっている姿を見てもらいたいと思っています」。
介助犬の認知度を高めるため講演会も積極的に行なっているパラサーファーである藤原さん。
となると、海に出ることも多いはず。
そんな時ダイキチくんはどうしているのでしょう?
「ダイキチはどこにでも同行するので海にも一緒に来ます。でもそこで一緒に何かをするというわけではなく、ビーチや車で私の友人と終わるのを待っていてくれています。ボードに乗ったりするのを手助けしてくれるのは仲間のサーファーですから」。
ここで少し気になるのは夏の暑さ対策ですが、その質問にはこんな答えが返ってきました。
「幸いにと言ったら変ですが、僕の障害は体温調節が出来ないんです。夏のビーチは命取り。夏に海に行くとしても日の出までには終わらせて帰ります。そんな訳でダイキチも暑い夏に外に出る必要はありません」。
身体が思うように動かないというだけでなく、そのような危険とも隣り合わせの頸髄損傷という障害。
改めて藤原さんが発した「僕に何かあった時」という言葉の意味の重さに気付かされました。
一緒にいられれば幸せだから介助犬は幸せなんです
藤原さんは車椅子で移動し、車を運転し、お料理も自分で作ります。それには正直とても驚きました。
「ここまでほとんどのことを自分でできる人は少ないと思います。でも怪我をする前には一瞬でできたことができなくなりました。
ヘタするとそれだけで1日が終わってしまう。とてももどかしいことです。でもダイキチが来てそれが変わったんです」。
もちろん奥様もたくさんのサポートをしてくれています。
でもお子さんもいるので他にもやることが多く、同じことを何度も頼むのは気が引ける、ということも出てきます。
「ダイキチは同じことを何度お願いしてもニコニコ楽しそうにやってくれるのでこちらの気持ちも違いますよね」。
そして藤原さん自身にもご家族にもとても大切な「安心」という点。
「ダイキチがいることで、一人じゃないという安心感が僕にも妻にもあります。緊急で助けを求めなければならないことも考えられますから」。
ダイキチくんは一人が嫌いでずっと一緒にいたいタイプ。
常にくっついていたいので体の一部や車椅子のどこかに身体をくっつけているのだとか。
いつも行動を共にする介助犬という役割はダイキチくんにも幸せなことなのです。
介助犬をもっと知ってもらいたい
「自分自身もそうでしたが、介助犬の認知度が低すぎると感じています。そもそも頭数もびっくりするくらい少ないのです(インタビュー時全国で57頭)。
介助犬がいることでどれだけ障害を持つ人の生活に変化が起きるか、そのことをもっと知って欲しい。
そして仕事をさせるのがかわいそうという考えも、よく知ることで改めて欲しい。藤原さんはそう願っています。
「使う使われるではなく、助け合うという本来の人と犬との関係です。こういう犬たちの紹介の時に“厳しい訓練を経て”という言葉が使われますよね。それって違うと思うんです。決して世間が思っているような“厳しい”訓練なんてしていませんから」。
適正のある犬がその資質を伸ばすためのトレーニングを受け、愛情を持って育てられ、そしてユーザーの元で家庭犬に近い状態で暮らす。
決して普通の家庭犬ではないけれど、その関係は愛情で結ばれた素晴らしいものです。
「外でご飯食べている時に待たせていると、“我慢させていてかわいそう”と言われることがあります。え? それって普通ですよね? でも介助犬というだけで無理矢理我慢させているという捉え方になるんです」。
また、介助犬への理解が足りないために『介助犬OK』と書いてあってもダメと言われることがとても多いそうです。
「クレームを言うより諦めてしまった方がエネルギーを使わないので楽です。でも次に行く人が同じような思いをしないようにと思って言うようにしています。そして色々なところに行くように、色々な乗り物に乗るようにしています」。
細かいルールがあり、ペットとは違う部分はあるけれど、その暮らしぶりは想像以上に普通でした。
「僕の家族にとってダイキチは家にいるときはずっと寝ているし、仕事をさせるわけでもないので癒しでしかありません。家族の一員です。でも日本介助犬協会の大事な犬を預かっていると言うことを忘れないようにしています」。
介助犬ユーザーとして様々な活動をされている藤原さん。
最後に今後の目標をいくつかあげていただきました。
「介助犬のことをもっと知ってもらいたいので、発信力をつけたいですね。『ユニバーサルビーチプロジェクト』というのを立ち上げたのでそこでも介助犬が必要な人に届くように啓発活動をしていきます。パラサーファーとしてはカリフォルニア州で行われる世界大会で金メダルを取りたいです」。
アクティブな藤原さんとおじいちゃんみたいだけれど頼りがいがあるダイキチくん。
この魅力あるペアから目が離せません。
世界大会での活躍を期待しましょう!
プロフィール
藤原 智貴 (ふじわら ともき)
パラサーファー/介助犬ユーザー
合同会社 岡山の才 代表
渋川ユニバーサルビーチプロジェクト 代表
Facebook:川上藤原智貴
Instagram:@tomokichi_surf
ダイキチ
2014年4月22日生まれ/体重31kg
大好きなことは食べることと寝ること、マイペースでおっとりした性格
Instagram:@daikichi.sensei
撮影・取材・文/Roco
Roco
『ヒトとイヌ』を永遠のテーマにしているフォトグラファー&ライター。
撮影・執筆の他、写真のレッスンも行う。
フォトグラファーになるきっかけを作ってくれた英国ゴールデンのRubyは15歳2か月で虹の橋へ。 現在の愛犬はトイプードルとオーストラリアン・ラブラドゥードル。
子供の頃からの夢は「ドリトル先生になること」
Facebook:Roco ~LoveLetters~ 写真と言う名のラブレター
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